書籍・雑誌

終わらない夏休みの宿題

 課題図書は「永遠の0」

 500ページもある文庫でありますが、少し早いお盆休みをもらった上で一つ宿題に取り組みたいと思います。大人のふりかけ、大人の科学、大人の塗り絵、…と来たら大人の宿題は避けて通ることはできません。

 新聞社がこの戦争をばかげた結末に導いた、という意見はここでは妥当だろうと思います。しかもこの老人は、終戦直前は誤った愛国精神を謳っていたくせにGHQ支配下では愛国精神そのものを否定して日本国民を欺いた犯人だと断罪しています。影響力のあるメディアは責任重大なわけです。

 しかも現代は、新聞やテレビの言うことはすべて真実だと思ってしまう世代と、テレビは見ないけどツイッターのデマを寸分疑わない世代とが入り交じっている社会です。言論統制が想定外の結果を生む可能性は高いでしょう。危機感を煽らずに冷静な判断を促す報道の役割は誰が担えるのでしょうか。

 敵対していたアメリカ人の兵士だって家族を大切にする思いの延長に愛国心というのがあるわけで、愛国心=天皇崇拝と本気で信じていた日本人兵士なんていなかったんじゃないのか。2.26事件の映画とか見ても狂信的な愛国心(というか単なる内向きの論理)を基準に行動しているのは、立場の危うくなった軍の中央部だけ。

 宮部さんの言動を通じてこの物語は日本人に真の愛国心とはなにかをもう一度定義し直すように訴えているのではないかと私は思います。国を愛する気持ちを表現することは家族を愛する気持ちを表現することと大きな変わりはない、というヒントが得られます。

 IYN はこの課題図書について賞賛できない点としては、現代とのつながりがファンタジーでしかなくなっていることです。実際に今起きている安全保障問題と絡めてしまうと、主題がぼやけてしまうんだろうか。例えば、周辺有事から日本を守るために徴兵されることになったニートの孫に対して、太平洋戦争時に特攻要員だったおじいさんは何を語るのか。

 いま、フィリピンやインドネシアの首領がめいっぱいの勇気を振り絞って愛国心を表現しているのを見て、われわれ日本人は自分たちの「家族」に対する誠実さをどうやって表現したらいいのか必死に考えなければいけないんじゃないかと思わずにはいられません。我が子の宿題がこの数日で完了するかどうかも一大事ですが、私たち自身にも宿題があることを忘れてはいけません。

大きな視点で考える

 ピーター・センゲ大人気

006 なにか物事の問題点を解決するために、現状分析をすることになります。そのための手法としては、「なぜ」を5回繰り返すとかロジカルシンキングでモレ・ダブリをなくして整理するとか言われていますが、システムシンキングはそんな手法をさらに改善したもののようです。左の写真の本は簡単に読破できて良いと思うのでオススメです。

 ロジカルツリーを分岐させて現象の因果関係を分解していくと、そこに時間的な遅延効果や原因となる事象に対するフィードバックを表現できていないことにセンゲは着目したわけです。原因と結果はフィードバックループを形成していて、お互いをどんどん強め合う作用やバランスを保つように影響しあうことも図式化しようという試みです。

 IYN が読んだ本ではシステムシンキングを使わなくても十分分析され得る事例しか書いてなかったのですが、これは自分が抱えている問題について適用して見ると良さがわかるのかもしれません。フィードバックループの図はまるで FIR フィルタのようで、時間的な遅延がどのくらいか、とかどこにフィードバックすると何を強め合ったり弱めあったりするのか、という想像力が働くとまるで信号処理システムを設計しているかのような錯覚に陥ります。それ系のエンジニアにはとっつきやすい思考ツールだと思いました。

 システムシンキングの発明者がいうように、このフィードバックループを作っているうちに新しい発見があれば得られるものがあるというくらいの期待をするのがいいのでしょう。そんなことしなくても直感的に理解できるような物事について適用する価値は無いのです。時間の無駄です。なんでもかんでもマインドマップで考えようというブームがちょっと前にありましたがツールに飲み込まれないように気をつけないとね。

 スパゲッティ業者の話みたいに、自分の仕事が最終的に世の中にどう影響するかよく考えないと無駄なことをしていることに気がつないよ、という戒めを論理的に説明するためには良いツールだなと IYN は思いました。新聞の外交関連の記事を読んだ時とかにも、情報の整理のためにシステムシンキングにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

娯楽提供の DNA

 任天堂の研究してます

20120806_005 20120830_040  夏も終盤を迎えて「超普通バスターズ」の活動を思い出したように始めたところですが、ただいま任天堂についての研究にハマっています。最近では Wii 向けにドラゴンクエスト X が MMO RPG に姿を変えたことによって新たな魅力を備えたようです。任天堂からゲームソフト会社に対する働きかけがどのようなものであったのか、相変わらず情報がないんですが幾つかの著書を読んだりしています。

 そのなかでも感心したのはあくまでどんな娯楽を提供できるかを考えること力を注いでいる点です。これを経営陣が DNA として持っていて山内社長の頃から全くぶれていないのはすごいと思いました。

 そしてゲーム機ハードの開発のときも多機能・高性能を追求して技術に溺れることをもっとも嫌う社風。新しい娯楽のアイデアを一生懸命搾り出そうした結果 Wii のちょっと変わったコントローラーや DS のタッチペン入力などの UI を作り出したことです。注目すべきは画像・音声処理の性能を高めることや LSI 部品のロードマップをなぞるだけというような改良は娯楽提供のアイデアとしては最悪の部類と社内で考えられていることです。ハードウェアの多機能・高性能を追求しているうちにユーザーが置いてけぼりになる状況は避けるべきだという考え方は大事にしなければならないと思います。

 任天堂以外のメーカー内外でも「ハードとソフトの融合」という言葉がまるで普遍的な真実かのように、いろいろなところで呪文のように使われていますが IYN はいまいち納得出来ない点がありました。任天堂の例をみれば、最終顧客であるお客様にどのようなサービスを提供できるかを最終目標に据えると、開発のやり方としてゲーム機本体とソフトウェアの開発は互いに影響しあうものであるのが最良であるように見えたということでしょう。お客様に何を提供するのかということについて強い思いを共有できなければ、なんとかのナントカの融合といった話は絵に描いた餅のようです。

 でも最近ちょっと気になるのは任天堂が UGC (ユーザーが作ったコンテンツ) に依存した娯楽を目指している点。新しい娯楽のあり方を模索する中で任天堂らしさを見失いそうで心配になります。娯楽を提供する側と享受する側との境目があやふやになってしまうと、今までのようなコンテンツ戦略の強い統制が取れなくなってしまう可能性があるからです。

 3DS が値下げを余儀なくされた収益悪化の前兆でもあったように思えます。日本の家電メーカーがこぞってテレビに 3D 表示を搭載したにもかかわらずテレビの娯楽性を高めることができなかった中で、任天堂なりに 3D であることでどんな娯楽を提供できるのかもっと追求して見せて欲しかったです。他力本願ですが。

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