映画・テレビ

映画「ツレがうつになりまして。」

 ずっと観ないでいました

 自分の夫または妻がうつ症状に陥ってしまったことを、他人や親せきに素直に打ち明けられるかどうかが、その夫婦の行きつく先を暗に示している映画タイトルなんです。この映画を夫婦で観るときにその境界線を越えられるかどうかが試されるので、「病めるときも一緒にいたい」かどうかをあぶりだされる覚悟が必要だと思います。

 心療内科や精神科で処方される向精神薬を飲むこと自体、患者さんにとっては大きな負い目となります。長期の休職や、家でごろごろしていることの罪悪感に加えて、効いてるのか副作用にさいなまれているのか区別できないような薬を飲み続けることに対する喪失感。診察のたびに処方が増えていく絶望感。それを終えて「飲まなくてよくなったよ!」と飛び跳ねて喜びたい気持ちを受け止めてくれる人があなたのそばにはいますか?

 「よーし、がんばらないぞ」というセリフ以外のところで、はるさんはとてもがんばっていたし頑張り方を間違っていなかった。そうなるためには原作にあるように試行錯誤の日々の積み重ねもありますが、たくさんの人の協力を得られたからがんばらずに済んだのではないでしょうか。そのためには、周りを取り巻くいろんな人に、ツレがうつになったことを広く伝える必要があります。そこに壁を感じないはずがないだろうと IYN は思っていたのですが映画では軽い描写でした。

 それにしても、うつ生活についてマンガや映画にして公開してしまうとはなんという勇気でしょう。生活に困ってネタにしたとかいう流れの話もありますが、たとえツレがうつであっても一緒に生きていくことに対して誇りに思う自信が、この作品を描く過程のなかで徐々に大きく成長していったのではないでしょうか。

映画「アメリカンスナイパー」

 そして爆弾テロのニュースは今日も続きます

 英雄としてたたえられている人物の話でしたが、メイキング映像に長々と脚本ができあがるまでの過程がまとめられていました。スナイパー本人から話を聞けるまでに時間がかかったのは、自伝にも書かれなかった彼の家族の犠牲と祖国や仲間を守りたい気持ちとの間にはさまれた葛藤の部分を引き出すために必要なことだったのでしょう。

 祖国と家族を守るためなら中東の人々を撃ち殺すことも正しいと神に説明できる、といった台詞が印象的でした。自分に内在する神を背かないのであれば人殺しを正当化できるという主張は、テロリストの言い分と全く同じなんじゃないかと IYN は思いました。

 そして命がけで仲間を守り抜きたい気持ちが行き過ぎて、敵側のスナイパーを仕留めることに執着した結果、さらに犠牲と憎悪を招いてしまう。武器や軍事技術が進歩しても、やっぱり昔の戦争映画で見たような成り行きが導かれて、むなしさだけを積み上げていく点では何も進歩していないようです。

 さっきもテロ集団の首領を殺害したとか速報が流れていましたが、果たしてそのたった一人を殺害したことがどれだけの成果になるのだろうかと疑問に思います。主導者の死ではテロリストの中に存在する神の思し召しを矯正することはできないでしょう。武器を手にしたまま神を信ずる人々は、人間同士で行われる裁きを受け入れないくせに、自分が神に代わって裁きを与えているという思い上がりにとらわれていないでしょうか?

 銃口を向け合うことより、互いの信条を丸裸にして見せ合ってみたら新たな発見があるのではないでしょうか。私たち文人や学者が深く掘り下げていく役割があるんじゃないか、と今日も考え続けています。

映画「The Big Short」

 金融の話題がついて行けない

 川崎夜遊びプランの最後は夜中の12時からのレイトショー鑑賞です。それにしては内容が濃すぎた映画でした。

 IYN が最後に気になったのは、マイケルがなぜサブプライムローンが破綻するかを見抜いたかを政府に提言して説明しようとしたら、なぜかFBIの監査や公安の取り調べを何度も執拗に受けたりしたことです。この映画の中でもあまり具体的にそれは語られていないように思いました。世界じゅうの金融システムに大きな損害をもたらしたこの事件の真相はアメリカのFRBや連邦政府には都合の悪い真実であり、それを語る人物は抑圧しなければならなかったのでしょうか。

 CDSという債権がなんなのか調べてみたら、デフォルト率をパラメータとしているこのシステムが如何にこの世の「ものとお金のやりとり」とかけ離れているかがなんとなくわかりました。そして、他人の借金の返済状況に連動してお金が動くなんてどうかしている。そして事態を収拾するために「詐欺」を働いていた銀行に対する救済措置がとられるという異常さ。それと格付け会社との癒着の実態…。

 よくわからない金融システムがよくわからないままストーリーは進んでいき、IYN は商売ベタなJPモルガン傘下の証券会社ボスの正義の怒りに震える姿にだいぶ共感しながら映画を見ていました。そして映画の画像のボケ感が特徴的だなぁと思ったりして。

終戦記念日は何をする日なんだともお

 ともおの言葉にある本質

 久々に団地ともおがNHKで放送されるので夏休みのご褒美かと思ったら宿題が課されたでござる。夏休みのど真ん中にやってくる8月15日は私たちは自由研究や絵日記の代わりに永遠に終わることのない宿題について思い出されるのです。この回の放送は数々のともおが発する名台詞にうなずいた人も多かったのではないでしょうか

  • 終戦記念日は戦争が終わったことを喜ぶ日なのか、犠牲になった人々について悲しむひなのか
  • 戦争は悲惨だというが、なにが悲惨なのかわからない、勝てばよいものなのか

そのほかにも高校の歴史の先生が「つい近現代の歴史については教えそびれてしまうが、私たち戦争を知らない世代は勉強しておかなければならない」と強く訴えて補習を始めたところ、多くの人が過去の戦争に対する疑問を感じて集まってくる。IYN は歴史博物館に行ったばかりだったし、もっと勉強する気になりました。

 アニメの中で、けりこたち女の子が公園で遊んでいるところにともおたち男の子がやってきて場所取りでもめている日常的なシーンを見て、戦争が起きる原因は人類が持っている本質的な性質にあるんじゃないかな、と思いました。戦争はよくない、殺し合いで物事を決めるのはおかしい、誰もがよくわかっていてもその程度の理性では解決できなかった歴史の流れの中で私たちは生きているんだと。

 そんなわけで、雨で冷え込んだ8月最後の週末は勉強の成果を問われているのでした。

映画「マーガレット・サッチャー」

 全編が切ない回想…

 マーガレットは市議会議員になってから男社会の中でどんどん重要な役職に就いていくのですが、影にはいつも夫のデニスがいて支えてくれていました。それがどんなにかけがえのないものだったのかは、彼女の幻覚として現れてくるデニスの言葉や仕草からよく伝わってきます。

 思いがけないタイミングでサッチャー夫妻を狙った爆弾テロが襲ってくるので、映画を見ている方も衝撃が大きかったです。イギリスっていう国は労組運動や市民デモなんかがあると、便乗してすぐに暴徒化したり調子に乗って悪さし始める人が多いから、リーダーシップを発揮する人はとても勇気を持って行動しなきゃいけないんだろうなぁ。

 普通の家庭の主婦のような生活を経ることがなく、首相を引退したあとに私の生き方はこれでよかったんだろうかという疑問には答えが出ていないようでしたが、きっとサッチャーの半生をじっくり振り返ってくれるイギリス国民たちにその答えは委ねられているのでしょう。映画そのものがハッピーエンドなシーンにならなかったのは、そういうことなんじゃないかなと思いました。

映画「ステキな金縛り」

 楽しめましたよ

 アメリカの法廷ものドラマのように、論理的な追求を期待してはいけません。三谷幸喜はそういう真っ向勝負は挑まなかったようです。幽霊が証人になるというアイデアからしてそうなんでしょう。実際、幽霊の証言の信ぴょう性は立証出来なかったようですし。それよりはお得意の小さな笑いがたくさん散りばめられている点が評価できます。

 映像の中で一番すごいと思ったのは、中井貴一の手際の良い手品です。よくあんなに連続して超常現象を展開できたなぁと感心しました。幽霊が見える人と見えない人とのギャップから笑いを取る手法はちょっと使われすぎて IYN は後半は飽きてきてしまいました。検察官にも落ち武者六兵衛が見えていることが判明したあたりが面白いピークだったのです。それでも幽霊の存在を反証しようとする場面に期待したかったのですが、飽きの方が先に来てしまいました。

 俳優の無駄遣い…(汗)。とにかくエキストラ以外の俳優が贅沢すぎです。ちょいやくなのに、そこでこの人使うの?って驚いてしまうことが多かったです。妻夫木くんは流石に出ませんでしたが、三谷幸喜とフジテレビに媚び売ってないかねぇとか考えてしまいました。普通に考えたらなかなかできないことですから。

 結末の完成度についてはあまり期待せず、三谷幸喜ワールドを楽しもうと思えば十分楽しめる映画だと思います。実際結構ヒットしているようです。

映画「コクリコ坂から」

 若かった自分を思い出します

 横浜の高校が舞台で、文化系クラブ活動用の建物を保護しようと高校生たちが精力的に活動する話です。甘酸っぱい感じがするのは予告編からもわかりますが、それよりも高校生たちの熱い思いに対して懐かしさを強く感じました。

 IYN の出身高校も「生徒の自治」を主張して生徒会とか文化系部活の建物を保存する活動などが自発的に行われていました。さすがにガリ版ではありませんでしたが、校内新聞の印刷物などは盛んに発行されていました。生徒のうち半分くらいは、親や友人たちの期待通りに東大や早慶におとなしく進学するし、生徒会活動なんかには冷めた目で見ている生徒もそれなりに多かった気がします。

 映画の場面設定の名残のようなものを高校生の時に自分も接していたんだなぁと感じるととてもこの映画が好きになってしまいました。クチコミによると人によっては炊事シーンを重要視していますが、IYN はこの生徒会活動や、明治時代に建造された古い洋風の木造家屋の様子をとても気に入りました。

 そのほかの部分だと、トトロの時代と比べて背景画がひどく粗いのがちょっと気になりました。宮崎駿が監督の時は、自然の脅威やファンタジーを表現するために圧倒的な描写力で森林などの自然の風景が描かれていました。それに対して、この映画は森林はまさにアニメ塗的なべた塗りになっていて、背景は本当に脇役に徹しているようでした。

 もうひとつはっきりしているのは子どもが喜ぶようなファンタジーはほとんどなかったと思います。ターゲットは高校生以上になるんではないでしょうか。生徒会活動に熱い思いを抱いている諸君、昔からこうだったってことを多少は誇りに思うことがあってもいいんですよ。

映画「沈まぬ太陽」

 やっと録画したやつを見た

 渡辺兼がかっこいいというだけで見てみようと考えていた映画ですが、長いなりにも内容はすごく濃かったと思います。恩地は東大法学部出身だし、きっとエリートの一人として途中まで抜擢されていたのでしょう。しかし労組委員長の間、ひどく活躍してしまったために「アカ」と陰口をたたかれてしまう。その後も国民航空の上層部には嫌われ続けて不毛のアフリカ勤務を続ける毎日。

 自分が会社を辞めれば、憎らしい連中が喜ぶとともに苦労をともにしてきた同志たちが落胆する、それならばやめるわけにはいかない、と考えて報復人事にじっと耐え忍んで生きる姿に共感するか反感をもつかでこの映画に対する感想はだいぶ違ってくるのではないでしょうか。モデルとなった小倉寛太郎さんについてもう少し知りたくなったし、原作の「沈まぬ太陽」も読んでみようかと興味が湧いてきました。

 映画では時の総理大臣が国民航空の実態をたたき直そうと奮闘して見せるシーンがありましたが、会長職を内閣が指名するようなことって実際にあったんでしょうかね。あの冷静な謎の老人はちょっとフィクションぽい感じがしました。

 原作の筆を執った山崎さんもこの物語を書くためにいろいろな抵抗感と直面したのではないでしょうか。人間の内面をえぐりだす作業の連続だったのではないかと推測します。原作の方も読みながらもう少しいろいろ人の生き方について考えてみたいと思うところです。

アニメ鑑賞の新形態

 番組自体はむしろオタクでない人向けか

 NHK の MAG ネットという番組を観ました。アニメの世界について語る NHK の深夜番組が存在するのは以前から知っていましたが、週1でこんな情報番組をやっていたのは初めて見ました。マンガ、アニメ、ゲーム(=MAG)の世界について興味本位で覗いてみる感じです。もともと得意な人はこんなテレビを観てもなにも新しい情報はないと思います。

 その MAG ネットの中でアニメ好きの人が紹介されるのですが、驚いたことに、最近は地上波とかで放送されているアニメを観ながら、twitter などで実況する人が増えているのだそうです。テレビ画面とパソコンの書き込み画面とを行ったり来たりしながらアニメ鑑賞するという忙しい人たちです。

 ブログに日記をつけてその日の出来事や思ったことを書き記すのも一種の「実況」ですが、リアルタイム性が断然違います。キャラクターたちの台詞にいちいち突っ込み入れるとか、その場でできるものなのでしょうか。IYN の理解スピードではとうていついて行けないです。義弟が観ていたとある魔術の禁断目録とか、お酒が少し入っていたにしろ、観るだけで忙しくて大変ですよ。観ながら「あれはどういう意味なの?」とか聞けないし。

 確かに SNS 以外の場で自分の好きなアニメについて語れる機会がない場合はインターネット上で他の人と話題を共有できるというメリットはあると思います。しかし、せっかくじっくり練り込まれたシナリオや演出については消化不良にならないでしょうか。アニメ制作者側も、視聴者につぶやかれることを意識した演出を施していると言っていますが、隠れキャラなど表面的な演出にばかり気が行ってしまってアニメ本来の(この番組で言うところの出崎監督の作品のような)演出ができなくなってしまうことはないのでしょうか。勝手に心配事を挙げてみましたがいかがでしょうか。

 それほどアニメに興味を示さないはずでしたが、ちょっと語ってみました。最近観たアニメはディズニーのアラジンくらいですよ。いや、ホントホント。

映画「塔の上のラプンツェル」

 ディズニー映画の3Dに期待です

 こんな時ですから、映画館に足を運ぶ人も少なくなっているのでしょう。字幕版の上映スケジュールはレイトショーしかありませんでした。原作がグリム童話であることから、作品の時間は短めで、使われている言葉も易しいものになっていました。3D であることにシェリルはちょっとためらっていましたが、さすがはディズニー、よくできていました。

 キャラクターたちの表情はすごく絶妙に描かれていて、動きがとても愛らしい。灯篭が飛んでくるシーンは、最近のアニメではこれ以上はないというきれいな映像でした。3D技術については、必要最低限の演出にとどめている感じでとても観やすいものに仕上がっていました。塔の上から下を見下ろす迫力はすごいな、と思いました。

 小さな子供が飽きないように、いろいろな見せ方をかわるがわる演出しているのがうまいところです。ところどころミュージカル風になっていたり、目にも留まらぬアクションがあったり、うっとりさせるような風景が広がっていたり、とにかく映像を見ているだけであきさせない工夫がなされています。

 ストーリーは、というとそこはやはり童話ですから、めでたしめでたし、で終わりになるのでしょう。魔女の狡猾な悪巧みはよく考えられていると思いますが、ところどころ都合がよすぎですね(笑)そのために大人が泣ける映画にはならなかったようです

 ラプンツェルは自分が王女であることに気づくところとか、ちょっと強引な感じです。ここは時間の都合上短くするしかなかったんでしょう。魔女に利用されていたと気づいて、育ての親でもあることを忘れて敵意むき出しになるとかいうのは、違和感を覚えて「えっ?」となります。塔の外の世界を知ってしまったがために、初めて愛する人の命を失うという流れで大人になる過程を描いているのかと思いましたが、ディズニー映画でそんな重たい描写はできなかったようです。

 3D が目に辛い映画でなくてよかったです。ディズニーランドに遊びに行くのと同じように楽しめるアトラクションだと表現すると言い過ぎでしょうか。なかなか楽しめましたよ。

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